極低温日記

工学部4年の生活日記

大学院受験を振り返る[2]

 私が大学に入ってから院試に対しどのような考えを持って過ごしてきたか振り返ります。

 

 まず大学入学前後です。

 私は1浪し東大を目指していましたが、思うようにいかず後期入試で都内の某国立大学工学部に入学しました。入学した国立大学では進路指導で8割の人が院へ進学するとの事だったので、漠然と私も院に行くのかなと考えていました。そして、東大は学部入学は難しいが、院からの入学はカンタン(実際に受けて覆りましたが)と聞いていたので、あわよくば院からは東大に行こうかなとも思っていました。またこの頃は院に進学するということだけで、やりたい研究内容などは定まってませんでした。

 

 次に学部2~3年ごろです。

 成績はGPA2.5程度で中の上くらい。私の大学では筆頭免除という制度があり、クラスの上位1/3の人が院試で筆記の試験を受けずに院に行くことができます。ただ、この制度は丁度高校受験の推薦入試のようなもので、制度を使ってしまうと他大学の院は受けることができません。私もギリギリ筆頭免除対象者になりそうだったので、この制度を使ったほうが楽に院に行けるかと思っていました。また行いたい分野もこの時期に定まりました。

 

 やがて研究室に所属しました。

 同時に私を含め4人の学生が所属しました。4人のうち、ほかの2人がクラストップレベルで成績が良く、もう一人は私と同じくらいでした。この研究室で4月ごろ、大きな選択を迫られることになります。私はありがたいことに筆頭免除対象者になり、成績が良い2人も対象者となりました。よって院も筆頭免除で今所属している研究室に進めると思ったのですが、ここであるルールに悩まされることになります。

 ルール 筆頭免除で進学できるのは1研究室当たり2人まで(成績順)

                  1研究室所属できるのは3人まで(筆頭免除を含む)

なので、私は筆頭免除で院に行ったとしても、今の研究室には所属できないのです。他の研究室に行くことも悩みましたが、自分のやりたい分野の研究がしたいと思い、せっかく頂いた筆頭免除の権利を蹴り、残りの一人(A君としましょう)と院勉強し、残りの1席を争うことにしました。

 

 この時点で4月中旬くらいです。正直まったく時間は残ってなく、とても焦っていた覚えがあります。([3]につづく)